楽聖少女

「ぼくが恐れるのは人生から音楽を奪われることだけだよ。他のなにものも、悪魔だろうが神だろうが、ぼくは恐れない」

楽聖少女 (電撃文庫)

楽聖少女 (電撃文庫)

現代の高校生であった主人公が悪魔によってゲーテとされてしまい、19世紀のウィーンでベートーベンの「少女」と邂逅する──。
読んでハマった。もう、大好きな要素がてんこ盛りなんですもん。突拍子も無いシチュエーションだなぁ、と思ったのは最初だけ。
序盤で描かれた同僚でドイツを代表する文豪シラーとの軽妙なやり取りが楽しくて、すーっと物語に入り込み、この世界でのベートーベンであるルゥとの出会いからのめり込むような感じでした。

魅力的なキャラ達が繰り出す丁々発止のテンポよい会話と知識を元に史実とは少し違う19世紀のウィーンの鮮やかな光景。そして、ルゥの音楽への深い情熱。読み進めるウチに出てくる、敵とその妨害による困難。ダメかと思った交響詩の初演が幕を開けるまでのカタルシス
どれも素晴らしくて、読み耽ってしまいました。

楽聖少女は2つの部分で自分の目を惹き、そこがとても好きです。
一つはルゥの音楽への深い想いとそれに感化されて、創作者としての熱を取り戻していく主人公のユキのドラマ。立ちはだかる敵による妨害を乗り越えるという過程でルゥと距離を近くしていく部分も含めて良かった。天才で傲岸なルゥが心を開いていく所も可愛いですし。ぼくっ娘はいいですよね……。
ベートーベンが少女ってマジですか!? って思ったけど、読み終えたらルゥって良い娘だなぁ、と思ってしまう自分の都合の良さに呆れてしまいますがw

二つ目はフレディとユキのつかの間の友情。これが、特に好き。感動すること、心を奮わせるような事から遠ざかろうとしたユキに、生きていることはどういうことかを思い出させようとしていた所が良かった。しかも、それが分かるのが終盤にさらっと描写するのはずるい。不意を突かれる感じで、ラスト4ページは目が潤む……。杉井さんが書く友情モノの部分って琴線を爪弾くのが多すぎ。いや、めっちゃ好きなんですのでホント嬉しい。

楽聖少女は歴史上の偉人を何人も扱いながら、コメディとシリアスの描き方が秀逸で笑いと心を揺さぶる所のバランスが絶妙でした。自分的にはものすごく好きな流れで、杉井光作品の中で一番好きかもしれないです。

あと、背景的な話で19世紀の西洋の歴史やその時代の音楽家についても改変具合がまた上手く調理されていたと思います。ハイドン師匠のオラトリオ「天地創造」ネタにはユキと同じタイミングで突っ込んじゃいましたし。